写真が撮れない
ステージⅣの末期ガンである同級生のK君を励まそうと思い、一眼レフを携えて入院している病院を訪れた。
新築改装された大病院は、迷路のようで判りにくい。やっと辿り着いた彼の病室の名札を見て驚いた。
横に赤いシールが貼られているのだ。これは、とても状況が良くない印だ。
近くのナースステーションに立ち寄って訪ねた。
「K君の同級生なのですが、お見舞いをしても大丈夫でしょうか?」
案内された部屋は、4人部屋。左奥の窓際にK君のベッドがあった。
カーテンの隙間から顔を出すと、看護師さんが何らかの処置をしていた。
げっそりと痩せたK君と視線が合った。
「おぉー久しぶり」とか言ったのかもしれないが、彼の最初の言葉は、僕の耳には届かなかった。
「具合はどう?抗がん剤は効果が出ているの?」
「効いているちゃぁ、効いているし。効いていないちゃぁ、効いていない。良くわからないなぁ・・・」
K君が今までに聞いたことがないほどの弱々しい声を発した。
「ご飯は食べられていのか?」
「食べたい気持ちは、あるのだけど食べられないのだよ。悔しいよ。」
K君の顔つきが一気に年を取って見えた。
「なぁ、この間、審査に合格して来年2月に新宿の大きなギャラリーで個展をすることになったよ。また、元気になって見に来てくれよな。」と言ってみる。
「よかったな。見に行きてぇ―な。」と言う声がかすかに聞き取れた。
K君の身体に視線をやると、お腹は雨蛙のようにパンパンに膨らんでいた。
腹水がこれでもかというくらいに溜まっているのが見てとれた。
それから、脇机に置いてある水の入ったコップを取ってくれだの、ノートにメッセージを書いてくれだのと言うK君の要望に応えた。
別れ際に「また、近いうちに来るよ。」と言うとK君は、右手を差し出して握手を求めた。
握ったK君の掌は、まったく握力もなく、だらっとしていた。
そこから伝わってくる体温も、とても生きている人間とは思えないほど冷たかった。
あまりのショックで、僕は病室のK君にレンズを向ける気持ちは、すっかり消え失せてしまった。
初めて写真を撮れないということがあることを経験した。
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それから、わずか6日後の早朝にK君は家族に見守られながら旅立ちました。
享年60歳と10か月。あまりにも短すぎるK君の生涯でした。
心よりご冥福を申し上げます。合掌